【洒落怖】リゾートバイト – 2ch死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?
抑揚が全くなく、機械のようなトーンだった。
Bの手にぐっと力が入るのが分かった。
「Bくん」
「・・・」
しばらくの沈黙の後、突然関を切ったように、
「Bくんおにぎり作ってきたよ」
「いらっしゃいませ~」
「おにぎり作ってきたよ」
「Bくん」
「いらっしゃいませ~」
「おにぎり作ってきたよ」
と同じ言葉を何度も何度も繰り返すようになった。
尋常じゃないと思った。
恐かった。美咲ちゃんの声なのに、すげー恐かった。
坊さんはおんどうには誰も来ないと俺達に言っていた。
そしてこの無機質な喋り方だ。
扉の外にいるのは、絶対に美咲ちゃんじゃないと思った。
気づくとAが俺達の側に戻り、俺とBの腕を掴んだ。
力が入ってたから、こいつにも聞こえてるんだと思った。
俺達は3人で、おんどうの扉の方を見つめたまま動けなかった。
その間もその声は繰り返し続く。
「いらっしゃいませ~」
「Bくん」
「おにぎり作ってきたよ」
そしてとうとう、扉がガタガタと音を出して揺れ始めた。
おい、ちょ、待て。
扉の向こうのヤツは扉をこじ開けて入ってくるつもりなんだと思った。
俺は扉が開いたらどうするかを咄嗟に考えた。
(全速力で逃げる、坊さんたちは本堂にいるって言ってたからそこまで逃げて・・おい本堂ってどこだ)
とか。もうここからどうやって逃げるかしか考えてなかった。
やがてそいつは、ガンガンと扉に体当たりするような音を立てだした。
無機質な声で喋りながら。
そしてそのまま少しずつ、おんどうの壁に沿って左に移動し始めたんだ。
一定時間そうした後にまた左に移動する。その繰り返しだった。
(何してるんだ・・?)
不思議に思っていると、俺はあることに気づいた。
俺達のいる壁際には隙間が開いている。
そしてそいつは今そこにゆっくりと向かっている。
(もし隙間から中が見えたら?)
(もし中からアイツの姿が見えたら?)
そう考えると居ても立ってもいられなくなり、俺は2人を連れて急いで部屋の中央に移動した。
移動している。ゆっくりと、でも確実に。
心臓の音さえ止まれと思った。
ヤツに気づかれたくない。
いや、ここにいることはもう気づかれているのかもしれないけど。
恐怖で歯がガチガチといい始めた俺は、自分の指を思いっきり噛んだ。
そして俺は、隙間のある場所に差し掛かったそいつを見た。
見えたんだ。月の光に照らされたそいつの顔を、今まで音でしか感じられなかったそいつの姿を。
真っ黒い顔に、細長い白目だけが妙に浮き上がっていた。
そして体当たりだと思っていたあの音は、そいつが頭を壁に打ち付けている音だと知った。
そいつの顔が、一瞬壁の隙間から消える。
外でのけぞっているんだろう。
そしてその後すぐ、ものすごい勢いで壁にぶち当たるんだ。
壁にぶち当たる瞬間も、白目をむき出しにしてるそいつから、俺は目が離せなくなった。
金縛りとは違うんだ、体ブルブル動いてたし。
ただ見たことのない光景に、目を奪われていただけなのかも知れないな。
あの勢いで頭を壁にぶつけながら、それでも淡々と喋り続けるそいつは、完全に生きた人間とはかけ離れていた。
結局、そいつは俺達が見えていなかったのか、隙間の場所でしばらく頭を打ち付けた後、さらにまた左へ左へと移動していった。
俺の頭の中で、残像が音とシンクロし、そいつが外で頭を打ち付けている姿が鮮明に想像できた。
正直なところ、そいつがどれくらいそこに居たのかを俺は全く覚えていない。
残像と現実の区別がつけられない状態だったんだ。
後から聞いた話だと、そいつがいなくなって静まりかえった後、3人ともずっと黙っていたらしい。
Aは警戒したから。
Bは恐怖のため動けなかったから。
そして俺は残像の中で延長戦が繰り広げられていたから。
そんでAが俺を光の場所へ連れていこうと腕を掴んだ時、体の硬直が半端なくて一瞬死んだと思ったらしい。
本気で死後硬直だと思ったんだって。
BはBで、恐怖で歯を食いしばりすぎて、歯茎から血を流してた。
Aだけは、やっぱり姿を見ていなかった。
あと、そいつはそこから遠ざかって行く時カラスのように「ア゛ーっア゛ー」と奇声を発していたらしい。
その声は、Aだけが聞いていたんだけど。
そいつの2度の襲来によって、その後の俺達の緊張の糸が緩むことはなかった。
ただ、神経を張り巡らせている分体がついていかなかった。
みんな首を項垂れて、目を合わすことは一切無かった。
Bは、催したものをそのまま垂れ流していたが、Aと俺はそれを何とも思わなかった。
あんなに夜が長いと思ったのは生まれて初めてだ。
憔悴しきった顔を見たのも、見せたのも、もちろん人でないものの姿を見たのも。
何もかも鮮明に覚えていて、今も忘れられない。
おんどうの隙間から光が差し込んできて、夜が明けたと分かっても、俺達は顔を上げられずそこに座っていた。
雀の鳴き声も、遠くから聞こえる民家の生活音も、すべてが俺の心臓に突き刺さる。
ここから出て生きていけるのか、本気でそう思ったくらいだ。
本格的に太陽の光が中に入りこんできた頃、遠くからこっちに近づいてくる足音が聞こえた。
俺達は完全に身構え体制に入った。
足音はすぐ近くまで来ると、おんどうの裏へ回り入り口の前で止まった。
息を呑んでいると、ガタガタっと音がし、「キィーッ」と音を立てて扉が開いた。
そこに立っていたのは、坊さんだった。
坊さんは俺達の姿を見つけると、一瞬泣きそうな顔をして、
坊「よく、頑張ってくれました」
と言った。
あの時の坊さんの目は、俺一生忘れないと思う。
本当に本当に優しい目だった。
俺は、不覚にも腰を抜かしていた。
そして、いい年こいてわんわん泣いた。
坊さんは、俺達の汗と尿まみれのおんどうの中に迷わず入って来て、そして俺達の肩を一人一人抱いた。
その時坊さんの僧衣?から、なんか懐かしい線香の香りがして、
(ああ、俺達、生きてる)
って心の底から思った。
そこでまた俺子供のように泣いた。
しばらくしても立ち上がれない俺を見て、坊さんはおっさんを呼んできてくれた。
そして2人に肩を抱えられながら、前日に居た一軒家に向かった。
途中、行く時に見た大きな寺の横を通ったんだが、その時俺達3人は叫び声を聞いた。
低く、そして急に高くなって叫ぶ人の声だった。
家の玄関に着くと耳元でAが囁いた。
A「さっきのあれ、女将さんの声じゃね?」
まさかと思ったが、確かに女将さんの声に聞こえなくもなかった。
だが俺はそれどころじゃないほど疲れていたわけで。
早く家に上げて欲しかったんだが、玄関に出てきた女の人がすげー不快そうに俺達を見下しながら、
「すぐお風呂入って」
って言うんだわ。
まーしょうがない。だって俺達有り得んくらい臭かったしね。
そして俺達は、3人仲良く風呂に入った。
まあ怖かった。
いきなり一人になる勇気はさすがになかった。
風呂を上がると見覚えのある座敷に通され、そこに3枚の布団が敷いてあった。
「まず寝ろ」ということらしかった。
ここは安全だという気持ちが自分の中にあったし、極限に疲れていたせいもあった。
というか、理屈よりまず先に体が動いて、俺達は布団に顔を埋めてそのまま泥のように眠った。
俺は眠りに入る中で、まったくもってどうでもいいことを思った。
(起きたらあいつらに、俺達が帰るって電話しなきゃな。)
旅行の準備満タンでスタンバイする友達2人は、俺達が今こうして死にそうな思いをしていたことを知らない。
もちろん、旅行計画がオジャンになることも。
そういえば、おんどうから出る時俺はBに聞いたんだ。
俺「B、もう、見えないよな?」
するとBは、確かな口調で答えた。
B「ああ、見えない。助かったんだ。ありがとう」
おれはその最後の一言を聞いて、Bが小便を垂らしたことは内緒にしておいてやろうと思った。
俺達は助かったんだ。その事実だけで、十分だった。
ーーー
その後目を覚ました俺達は、事の真相を坊さんに聞かされることになる。
そして、人間の本当の怖さと、信念の強さがもたらした怪奇的な現実を知るんだ。
Bの見たもの、俺の見たもの、Aの聞いたもの。
それを全て知って、俺達は再び逃げ出す決心をする。
続編
あの後、俺達は死んだように眠り、坊さんの声で目を覚ました。
坊「皆さん、起きれますか?」
特別寝起きが悪いAをいつものように叩き起こし、俺達は坊さんの前に3人正座した。
坊「皆さん、昨日は本当によく頑張ってくれました。
無事、憑き祓いを終えることができました」
そう言って坊さんは優しく笑った。
俺達は、その言葉に何と言っていいか分からず、曖昧な笑顔を坊さんに向けた。
聞きたいことは山ほどあったのに、何も言い出せなかった。
すると坊さんは俺達の心中を察したのか、
坊「あなたたちには、全てお話しなくてはなりませんね。お見せしたい物があります」
と言って立ち上がった。
坊さんは家を出ると、俺達を連れて寺の方に向かった。
石段を上る途中、Bはキョロキョロと辺りを警戒する仕草を見せた。
それにつられて俺も、昨日見たアイツの姿を思い出して同じ行動を取った。
それに気づいた坊さんは、俺達に聞いた。
坊「もう大丈夫のはずです。どうですか?」
B「大丈夫・・何も見えません」
俺「俺も平気です」
その返事を聞くと坊さんはにっこりと笑った。
大きな寺に着くと、ここが本堂だと言われた。
坊さんの後ろに続いて寺の横にある勝手口から中に入り、さっきまで居た座敷とさほど変わらない部屋に通された。
坊さんは俺達にここで少し待つように言うと、部屋を出て行った。
Bは落ち着かないのか貧乏揺すりを始めた。
暫くすると、坊さんは小さな木箱を手に戻って来た。
そして俺達の対面に腰を下ろすと、
坊「今回の事の発端をお見せしますね」
と言って箱を開けた。
3人で首を伸ばして箱の中を覗き込んだ。
そこには、キクラゲがカサカサに乾燥したような、黒く小さい物体が綿にくるまれていた。
AB俺(何だこれ?)
よく見てみるが分からない。
だがなんとなく、どっかで見たことのある物だと思った。
俺は暫く考え、咄嗟に思い出した。
昔、俺がまだ小さい頃、母親がタンスの引き出しから大事そうに木の箱を持ってきたことがあった。
そして箱の中身を俺に見せるんだ。すげー嬉しそうに。
箱の中には綿にくるまれた黒くて小さな物体があって、俺はそれが何か分からないから母親に尋ねたんだ。
そしたら母親は言ったんだ。
「これはねぇ、臍(へそ)の緒って言うんだよ。お母さんと、○○が繋がってた証」
俺は子供心に(なんでこんなの大事そうにしてるんだろ?)って思った。
目の前にあるその物体は、あの時に見た臍の緒に似ているんだと思った。
A「これ何ですか?」
坊「これは、臍の緒ですよ」
というか似てるもなにも臍の緒だった。
A「俺初めて見たかも」
B「おれ見たことある」
俺「俺も」
坊「みなさん親御さんに見せてもらったのでしょう。
こういうものは、大切に取っておく方が多いですから」
坊「この臍の緒も、それはそれは大切に保管されていたものなのです」
俺たちは黙って坊さんの話を聞いていた。
坊「母親の胎内では、親と子は臍の緒で繋がっております。
今ではその絆や出産の記念にと、それを大切にする方が多いですが、臍の緒には色々な言い伝えがあり、昔はそれを信じる者も多かったのです」
B「言い伝え?」
坊「そうです。昔の人はそういう言い伝えを非常に大切にしておりました。今となっては迷信として語られるだけですが」
そう前置きをして坊さんは臍の緒に関する言い伝えを教えてくれた。
主に”子を守る”という意味を持っているが、解釈は様々。
”子が九死に一生の大病を患った際に煎じて飲ませると命が助かる”とか”子に持たせるとその子を命の危険から守る”というのがあって、親が子供を想う気持ちが込められているところでは共通しているらしい。
俺たちはその話を聞いて、「へぇ~」なんて間抜けな返事をしていた。
坊さんは一息入れると、微かに口元を上げて言った。
坊「ひとつ、この土地の昔話をしてもよろしいですか?
今回の事に関わるお話として聞いいただきたいのです」
俺達は坊さんに頷いた。
ここから、坊さんの話が始まる。
結構長くて、正確には覚えてない、所々抜け落ち部分があるかも。
坊「この土地に住む者も、臍の緒に纏わる言い伝えを深く信じておりました。
土地柄、ここでは昔から漁を生業として生活する者が多くおりました。
漁師の家に子が生まれると、その子は物心がつく頃から親と共に海に出るようになります。
ここでは、それがごく普通のしきたりだったようです」
坊「漁は危険との隣り合わせであり、我が子の帰りを待つ母親の気持ちは、私には察するに余りありますが、それは深く辛いものだったのでしょう。
母親達はいつしか、我が子に御守りとして臍の緒を持たせるようになります」
坊「海での危険から命を守ってくれるように、そして行方のわからなくなったわが子が、自分の元へと帰ってこれるようにと」
俺「帰ってくる?」
俺は思わず口を挟んだ。
坊「そうです。まだ体の小さな子は波にさらわれることも多かったと聞きます。
行方の分からなくなった子は、何日もすると死亡したことと見なされます。
しかし、突然我が子を失った母親は、その現実を受け入れることができず、何日も何日もその帰りを待ち続けるのだそうです」
坊「そうしていつからか、子に持たせる臍の緒には、”生前に自分と子が繋がっていたように、子がどこにいようとも自分の元へ帰ってこれるように”と、命綱の役割としての意味を孕むようになったのだと言います」
皮肉な話だと思った。
本来海の危険から身を守る御守りとしての役割を成すものが、いざ危険が起きたときの命綱としての意味も持ってる。
母親はどんな気持ちで子どもを送り出してたんだろうな。
坊「実際、臍の緒を持たせていた子が行方不明になり無事に帰ってくることはなかったそうです」
坊「しかしある日、”子供が帰ってきた”と涙を流して喜ぶ1人の母親が現れます。これを聞いた周囲の者はその話を信用せず、とうとう気が狂ってしまったかと哀れみさえ抱いたそうです。
何故なら、その母親が海で子を失ったのは3年も前のことだったからです」
B「どこかに流れついて今まで生きてたとかじゃないんですか?」
坊「そうですね。始めはそう思った者もいたようです。そして母親に子供の姿を見せてほしいと言い出した者もいたそうなのです」
B「それで?」
坊「母親はその者に言ったそうです。”もう少ししたら見せられるから待っていてくれ”と」
どういう意味だ?
帰って来たら見せられるはずじゃないのか?
俺はこの時、理由もなく鳥肌が立った。
坊「もちろんその話を聞いて村の者は不振に思ったそうですが、子を亡くしてからずっと伏せっていた母親を見てきた手前、強く言うことができずそのまま引き下がるしかできなかったそうです」
坊「しかし次の日、同じ事を言って喜ぶ別の母親が現れるのです。そしてその母親も、子の姿を見せることはまだできないという旨の話をする。
村の者達は困惑し始めます。」
坊「前日の母親は既に夫が他界し、本当のところを確かめる術が無かったのですが、この別の母親には夫がおりました。
そこで村の者達は、この夫に真相を確かめるべく話を聞くことになったそうです」
坊「するとその夫は言ったそうです。”そんな話は知らない”と。母親の喜びとは反対に、父親はその事実を全く知らなかったのです。
村人達が更に追求しようとすると、”人の家のことに首を突っ込むな”とついには怒りだしてしまったそうです」
まあ、そうだよな。
何にせよ周りの人に家の中のことをごちゃごちゃ聞かれたらいい気はしないだろうな、なんて思ったりもした。
坊「その後何日かするとある村の者が、最初に子が戻ってきたと言い出した母親が、昨晩子共を連れて海辺を歩く姿を見たと言い出します。暗くてあまり良く見えなかったが、手を繋ぎ隣にいる子供に話しかけるその姿は、本当に幸せそうだったと。この話を聞いた村の者達は皆、これまでの非を詫びようと、そして子が戻ってきたことを心から祝福しようと、母親の家に訪ねに行くことにしたそうです」
坊「家に着くと、中から満面の笑顔で母親が顔を出したそうです。村の者達はその日来た理由を告げ、何人かは頭を下げたそうです。
すると母親は、”何も気にしていません。この子が戻って来た、それだけで幸せです”と言いながら、扉に隠れてしまっていた我が子の手を引き寄せ、皆の前に見せたそうです」
坊「その瞬間、村の者達はその場で凍りついたそうです」
AB俺「・・・」
坊「その子の肌は、全身が青紫色だったそうです。そして体はあり得ない程に膨らみ、腫れ上がった瞼の隙間から白目が覗き、辛うじて見える黒目は左右別々の方向を向いていたそうです。そして口から何か泡のようなものを吹きながら母親の話しかける声に寄生を発していたそうです。それはまるでカラスの鳴き声のようだったと聞きます。
村の者達は、子供の奇声に優しく笑いかけ、髪の抜け落ちた頭を愛おしそうに撫でる母親の姿を見て、恐怖で皆その場から逃げ出してしまったのだそうです」
坊「散り散りに逃げた村の者達はその晩、村の長の家に集まり出します。何か得体の知れないものを見た恐怖は誰一人収まらず、それを聞いた村の長は自分の手には負えないと判断し、皆を連れてある住職の元へ行くことにします。その住職というのが、私のご先祖に当たる人物らしいのですが・・」
坊「相談を受けた住職は、事の重大さを悟りすぐさま母親の元に向かいます。そして母親の横に連れられた子を見るや、母親を家から引きずり出し寺へと連れて帰ったそうです。その間も、その子は住職と母親の後をずっと付いてきて奇声を発していたのだとか」
坊「寺に着くとまず結界を強く張った一室に母親を入れ、話を聞こうとします。しかし、一瞬でも子と離れた母親は、その不安からかまともに話をできる状態ではなかったと聞きます。ついには子供を返せと、住職に向かってものすごい剣幕で怒鳴り散らしたのだそうです」
A「それでどうなったんですか?」
坊「子を想う母は強い。住職が本気で押さえ込もうとしたその力を跳ね飛ばし、そのまま寺を飛び出してしまったのだそうです」
坊さんは少し情けなそうな顔をしてそう言った。
坊「その後、村の者と従者を何人か連れて母親の家に行きましたが、そこに母と子の姿はなかったそうです。
そして家の中には、どこのものかわからない札が至る所に貼り付けられ、部屋の片隅には腐った残飯が盛られ異臭が立ち込めていのだとか」
この時俺は思った。あの旅館の2階で見たものと同じだと。
坊「そこに居た皆は同じことを思いました。母親は子を失った悲しみから、ここで何かしらの儀を行っていたのだと。
そして信じ難いことだが、その産物としてあのようなモノが生まれたのだと。その想いを悟った村の者達は、母親の行方を村一丸になって捜索します」
坊「住職はすぐさま従者を連れ、もう一人の母親の家に向かいますが、こちらも時既に遅しの状態だったそうです。得体の知れないモノに語りかけ、子の名前を呼ぶ母親に恐怖する父親。その光景を見た住職は、経を唱えながらそのモノに近づこうとしますが、子を守る母親は住職に白目を向き、奇声を発しながら威嚇してきたのだそうです」
現実味のない話だったのに、なぜかすごく汗ばんだ。
坊「村の者は恐れ、一歩も近寄れなかったと言います。しかし住職とその従者は臆することなくその母親とそのモノに近づき、興奮する母親を取り押さえ寺へ連れ帰ります。暴れる母親を抱えながら、背後から付いて来るモノに経を唱え、道に塩を盛りながら少しずつ進んだのだそうです」
坊「寺に着くと住職は母親をおんどうへ連れて行き、体を縛りその中に閉じ込めたのだそうです」
A「そんなことを・・」
Aが哀れみの声を出した。
坊「仕方がなかったのです。親と子を離すのが先決だった、そうしなければ何もできなかったのでしょう」
坊さんがしたことではないが、Aは坊さんから顔を背けた。
少しの沈黙の後、坊さんは続けた。
坊「母親の体には自害を防ぐための処置が施されたようですがその詳細は分かりません。その後、おんどうの周りに注連縄を巻きつけ、住職達はその周りを取り囲むようにして座り経を唱え始めたそうです。中から母親の呻き声が聞こえましたが、その声が子に気づかれぬよう、全員で大声を張り上げながら経を唱えたそうです」
坊「住職達が必死に経を唱える中、いよいよ子の姿が現れます。子は親を探し、おんどうの周りをぐるぐると回り始めます。何を以って親の場所を捜すのか、果たして経が役目を成すのかもわからない状態で、とにかく住職達は必死に経を唱えたのです」
そこで坊さんは一息ついた。
B「それで、どうなったんですか?」
Bの声は恐る恐るといった感じだった。
坊「おんどうの周りを回っていたそのモノは、次第に歩くことを困難とし、四足歩行を始めたそうです。その後、四肢の関節を大きく曲げ、蜘蛛のように地を這い回ったそうです。それはまるで、人間の退化を見ているようだったと。その後、なにやら呻き声を上げたかと思うとそのモノの四肢は失われ、芋虫のような形態でそこに転がっていたのだとか」
坊「そしてそのモノは夜が明けるにつれて小さくすぼみ、最終的に残ったのが、臍の緒だったのです」
俺は、坊さんの話に聞き入っていた。
まるで自分達の話に毛が生えて、昔話として語られているような感覚だった。
するとAが聞いたんだ。
A「え、もしかしてその臍の緒って・・」
すると坊さんは静かに答えた。
坊「今朝、おんどう奥の岩の上に転がっていたものです」
B「マジかよ・・」
Bは呆然として呟いた。
俺「なんで?なんで俺達なんですか?」
坊「詳しくはわかりません。この寺には、代々の住職達の手記が残されていますが、母親でない者にこのような現象が起きた事例は見当たりませんでした」
坊「何より、肝心の母親の行った儀式について。これがまだ謎に包まれたままなのです」
B「母親に聞かなかったんですか?」
坊「聞かなかったのではなく、聞けなかったのです」
ポカンとしていると坊さんはまた話し始めた。
坊「住職達がおんどうを開け中を確認すると、疲れ果ててぐったりした母親がいたそうです。子を求めて一晩中叫んでいたのでしょう。すぐさま母親を外に運びだし手当てをしましたが、目を覚ました時には、母親は完全に正気を失っておりました。二度も子を失った悲しみからなのか、はたまた何か禍々しいモノの所為なのか、それも分かりかねますが」
坊「そして村の者が捜索していたもう一人の母親ですが、一晩経を読み上げ疲れ果てた住職達の元に、発見の知らせが届いたそうです。近海の岸辺に遺体となって打ち上げられていたと。母親は体中を何かに食い破られており、それでいて顔はとても幸せそうだったとあります。何が起きたのかはわかりませんが、住職の手記にはこうありました。”子に食われる母親の最後は、完全な笑顔だった”と。」
信じられないような話なんだが、俺達は坊さんの話す言葉一つ一つをそのまま飲み込んだ。
坊「遺体となって見つかった母親の家は、村の者達による話し合いで取り壊されることとなり、その際に家の中から母親の書いたものらしいメモが見つかったそうです」
そう言って坊さんはそのメモの内容を俺達に説明してくれた。
簡単に言うと、儀式を始めてからの我が子を記録した成長記録のようなものだったそうだ。
どんな風に書かれていたのかは憶測でしかないんだが、内容は覚えているので以下に書く。わかりづらいかも。
○月?日 堂の作成を開始する
×月?日 変化なし
・・・
△月?日 △△(子の名前)が帰ってくる
△月?日 移動が困難な状態
△月?日 手足が生える
△月?日 はいはいを始める
△月?日 四つ足で動き回る
△月?日 言葉を発する
△月?日 立つ
この成長記録に、母親の心情がビッシリと書き連ねてあったらしい。
ちなみに、もう一人の母親は、屋根裏に堂を作っていたらしく、父親はその存在に全く気づいていなかったのだそうだ。
坊「私もすべてを理解しているとは言えませんが、この母親の成長記録と住職の手記を見比べると、そのモノは自分の成長した過程を遡るようにして退化していったと考えられませんか?」
見ていると引き込まれる感じがするな
すごい臨場感がある